結構前に仕事をやめた人が職場に来た。何しに来たのか分からないけど多分引継ぎか何かできたんだろう。ただその人が就いていた役職は結構コロコロと人が辞めていてその人は今の人の3代も前の人だがいまだにちょくちょく顔を見せる。まぁここまではどうでもいい話だけどこの人は私に会うたびに一言目には”恋人は出来たか”、”結婚したか”ばかりを聞いてくる。その人は50歳くらいでこの度孫が出来たようだ。
正直自分は一生結婚は出来ないと思ってる。今の所したいとも思わないし今後したくなったとしてもできないと思っている。この人も私ができると思ってないだろう。ではなぜそんなことを毎回聞いてくるのかというと単純に自分と自分の家族がいかにすごいかを見せつけたいのではと思っている。心配しているような口ぶりだが、目下の人間と自分たちを比べて悦に浸っているのだ。職場に結婚していない人は結構いるがその人たちには言わず言いやすい私にだけ言ってくる。もっと60近いお局様とかにも同じことが言えるのならこっちも諦めておもちゃになっていいがそれはない。優越感に浸る為の免罪符に”心配している風”を装っているだけだ。飲みにも誘われることがあるが、正直「結婚しろ、恋人作れ」とお説教になるのは確実なので今後も躱しし続けたい。とりあえず「お孫さん可愛いですね、おめでとうございます。」とは言っておいた。
自分と違う、あるいはそうなりたくてもなれないような価値観が正しいとされる集団の中に所属していると常に人格を否定しされける事になる。ド陰キャな自分がそのような価値観の人達に囲まれ「早く恋人見つけなよ、いい年して」や「休日ずっと家にいたの?何かやりなよ。」みたいに言われ続けるときっと鬱になると思う。自分が今の仕事が続いているのは仕事内容以上に結婚や人生を楽しむこと、ポジティブであることをあまり強要されないからだろう。人間は下を作りたい生き物。彼らはじめじめした岩の下にいる虫を一々探し当てて「きもちわりー」と馬鹿にして叩き潰すのに快感を覚えているのだ。
あちら側の価値観で生きることができない人間が敗北者なら私は潔くそれを認めよう。どうせ「価値観は人それぞれ」なんて言葉は彼らには通じない。何を言ったって”酸っぱい葡萄”と言われるだけである。私は便所虫。光は求めず、じめじめした岩の中で静かに生きそして死んでいきたい。